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撮影する菅原さん 2022.04
かつて、農民一人ひとりの手から芸術が生まれたように。
藍は人や文化と交わりながら「世界」へ広がっていく。
(渡邉)まだまだ未熟者の自分が藍染の未来を語るというのもおこがましいのですが、藍染はふたつの世界に広がっていくともっと面白くなると思っています。ひとつは、一般の人々の日常という「せかい」に。もうひとつは、ワールドワイドという意味での「セカイ」にです。藍染という文化を作品化して日常と切り離すのではなく、かつてそうであったように世の人々の日常のものになっていく流れに、世界で広がる可能性があると考えています。
(菅原)例えるなら、大正時代の農民美術運動かもしれないね。ある教育者が長野で「日常の中に芸術がもっと根づいていくべきだ」と説いたことからはじまった運動。農民たちが絵や工芸を教わり、長い農閑期に工芸品を作って売っていた時代があった。「芸術は有名な美術家からではなく、農民一人ひとりの手仕事からうまれる」という考え方が広がったもので、僕も日常の中に存在するのが本来の芸術のあり方じゃないかなと思います。
(渡邉)藍染だって本来は人々が生活のために使っていたものですしね。(藍染の染色を担う)染師が全国を行脚し、訪ねた先々で染め直しをしながら藍染文化を広めた時代がありました。着古し色褪せた衣類は染め直しによって生まれ変わり、色素が衣類の強度を上げることでより永く着続けることさえできたのです。
(菅原)にわかに取り上げられているリサイクル、アップサイクルがしかるべき流れの中で、スマートに行われていた時代がちゃんとあったってことだよね。藍染自体が芸術化することなく、よく見る染物だけど「あれ、実はすごくかっこいいじゃん」と芸術性を帯びる瞬間があった、というのが本当だと思う。その本来の在り方が抜け落ちて、技術力や芸術的な側面だけで構成されているのが今の伝統工芸という見方もできる。だから「藍染で今の伝統工芸を盛り上げていこう」という考えは面白くないよね。
(渡邉)本当にそうですね。僕らは、人々の生活の中に再び浸透することで面白くなる「あたらしい藍」を思い描いています。買って終わりでは全然ない。着続けていくことで、染め直し続けることで一層かっこよくなっていくのが藍だと思っています。
面白いのは、
日常や文化との掛け合わせ。
(渡邉)僕らは自分たちの藍に自信をもっていますが、ブランド名が前面にくる展開や作品化されるようなプロダクトで世界に挑みたいという考えは全くもっていません。僕らが面白いと思っているのは、あくまで日常や続いてきた文化との掛け合わせです。世界各地の草木染めを学ぶと同時に、日本とは異なる気候風土の国や地域で蓼藍を育てて蒅を造り染めてみたい。さらに、各地で受け継がれてきた植物染めと藍染が溶けあってうまれる「あたらしい藍」にも興味がある。そういう発想だと面白さって無限に広がっていくと思うんです。実は世界中の国や地域に草木染めの文化があります。だから、そのすべてと藍染を掛け合わせることができたら、って考えるだけでワクワクする。さらに藍染は葉藍を発酵させて蒅へ変化させることで、黒に近いような濃色にも染められる染色法。藍染を支える発酵文化は、やはり日本の宝のひとつ。だから自信を持って世界に伝えたいとも思います。菅原さんと僕を引き合わせてくれたバンザイペイントの立澤さん*が背中を押してくれたことも嬉しかったですね。「日本だけを見なくていいじゃない。世界各地の染物文化と交わっていくのって、考えるだけで楽しいアイデア」と言ってくれたことをよく覚えています。

* 1994年にバンザイペイント(BONZAIPAINT)というファッションブランドを立ち上げた立澤トオル氏のこと。もともと藍染が好きで知識もあった菅原さんを、BEAMSでひらかれたWatanabe’sのワークショップに誘い、両者を引き合わせたキーパーソン。菅原さんと立澤さんは古くからの友人。近年「明暗」という、商品ではなく道標をつくるユニットを立ち上げる話があり、そこでもWatanabe’sと何かできないか画策中。

映し出される渡邊の仕事 2021.06

黒じゃなければ藍じゃねえ。
気づけばなくなっていた王道へ。
(渡邉) 実は2021年に菅原さんから「もっと濃い色いこうよ」といってもらえた時に、すごくハッとして、ひとつの転機になりました。僕がこの世界に飛び込んだ10年前は「黒じゃなければ藍じゃねぇ」と当たり前に言われていたのに、今は中間色くらいの藍が多いですよね。実は、あまり質がよくない蒅でも中間色程度の濃さは出せるんです。黒に近い濃色を染めるのは手間もかかる。何度も染め重ねるので大変なんです(笑)。もちろん、薄い色や中間色にしか出せない藍特有の美しさがあることは十分わかっています。でも僕らはいま、濃い藍色に力を入れています。栽培環境が整ってきたことで安定して十分な量の蒅を造れるようになったことも大きいですね。蒅が十分にあるのだから、ばんばん染色液を回してもいい。ばちばちに濃く染めて出してやろうぜって思えた。畑があって、そこから生まれる色が十分あるわけだから、純粋に使える分たっぷり使ってやろうと。そこまで引き出せる蒅作りを、僕らはしているわけだから。

同時に、改めて藍業界を俯瞰してみた時に、もともと続いていた藍の王道がガラ空きになっていることにも気づいたんです。10年前、駆け出しの自分が染めた藍を「なんだよこの色、うっすいな」と言ってくれていた兄さん達がしていた王道が、周囲を見渡すとなくなりかけている。その気づきから自分たちも改めて濃い色に仕上げるための染色法を見直しました。結局、古くから受け継がれているやり方がいいんですよね。正攻法で勝負しないとやっぱり意味がないな、と思う。ちょっと目先が変わったことをするのをオリジナリティというのは、やっぱり違うんじゃないかな、と。
一回でも嘘をついたら終わる世界だから。
本質を大切にする。まんなかをやる。
(菅原) 現在ではポップスの代表格だと捉えられているビートルズを例にすると、彼らはアルバムを作るたびに、ものすごく新しい挑戦をしていたよね。自分の想いを形にすることを音楽のまんなかだと捉えて、そこに正面から向き合い続けていたように思う。とはいえいま、彼らを「新しいことをやり続けていたグループだった」と認識している人は多くはないでしょう。さらにいえばビートルズは世界的な人気者となったけれど、まんなかがいつの時代もポピュラリティをもっているわけでもない。流行に迎合せず「自分のまんなか」を決めて貫き通していくことは、勇気がいることでもあると思う。

僕の経験でいえばやはりキツかった時もあったよ。ある種のカジュアルさもあるおしゃれな写真が世に溢れた時代に、僕がまんなかだと考えた写真は、見る人によっては手間がかかったファインアート的なものに見えてしまう可能性があった。でも自分はそれこそをまんなかだと信じ、やり続けてきたからこそ今があると思っている。まんなかをやり続けることの絶対的なキーワードといえば「嘘をつかない」だろうね。一回でも嘘をついたら終わる世界だし、それをしちゃうと本質を忘れて技術的な理論武装ばかりして逃げる人と一緒になってしまう。僕と渡邊くんが似ているとすれば、嘘がつけないところかもしれないね。カラダが反応してしまう。なんか嫌だったら、やっぱり嫌なんだよね(笑)。

人それぞれの、はじまりの色 2021.11

青は、はじまりの色。
「すべての人の、それぞれの青」がここにある。
(菅原) 我々日本人にとって青というのは特別な色だと思う。島国で海に囲まれている地理的なこともあるかもしれないけれど、日常で「青」に親しんでいることも関係しているのかな。緑を見て「青」という国民だしね。それだけ「青」に囲まれているからこそ、誰しもが心の中に「自分の青」を持っていると思うんだ。渡邊くんが染める藍色の幅の広さは、そういう意味でも魅力だよ。白に近い青から黒に近い青まで染められるというのは「誰かの心象風景に広がる青」そのものに染められるということでもあるからね。一方で僕は写真家として光を大切にしているけれど、漆黒の闇に一筋の光が入ると青になるんだ。さらに徳島は、藍が全国に広がっていったはじまりの場所でもあるよね。いろいろな視点が重なって、藍にはすごく原初的なものを感じるよ。

そして渡邊くんがここからはじめようとしている「あたらしい藍」。藍本来のあり方である、人々の日常や異なる文化と交わり発酵することであたらしくなるという考えは、改めて本質的だと思う。頭で考えるだけでなく、畑で汗かくことや五感を頼りに染め続けていることも含めてね。だからこそ、かっこよく撮らないようにしてるんだ(笑)。リスペクトがあるからこそリアルに撮りたい。もちろん世界のどこに出しても恥ずかしくないような写真にしたいとは思ってるよ。いつか売れっ子カメラマンが渡邊くんを撮るとなった時に、かっこいいイメージを切り出すことって簡単だと思う。でも僕にとっての本質は、渡邊くんの本質を撮ることだから。かっこつけた写真はこれからも撮らないと思う、ごめんね(笑)。

ふたりの話は尽きない 2022.04

ふたりの話は尽きない 2022.04

菅原 一剛

1960年札幌生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、早崎治氏に師事。フランスにて写真家として活動を開始して以来、数多くの個展を開催。1996年に撮影監督を務めた映画「青い魚」は、ベルリン国際映画祭に正式招待作品として上映される。2004年フランス国立図書館にパーマネントコレクションとして収蔵される。2005年ニューヨークのPace /MacGill Galleryにて開催された「Made In The Shade」展にロバート・フランク氏と共に参加。また同年アニメ「蟲師」のオープニングディレクターを務めるなど、従来の写真表現を越え、多岐にわたり活動の領域を広げている。2010年サンディエゴ写真美術館に作品が収蔵される。2014年作品集「Datlight | Blue」を世界数カ国にて上梓。大阪芸術大学写真学科客員教授。 www.ichigosugawara.com